Posted by admin on 2016年10月21日
新しく改装された図書館に行った時の話です。館内をうろついていると、興味はあったものの読み忘れている本の事を思い出しました。その本は食通の作家さんの食にまつわるエッセイです。作家さんの書籍が並ぶコーナーに行ってみましたがその本だけありません、エッセイコーナーも探してみましたがこちらもない。最近発売された本なので、最新刊コーナーにも行ってみましたがやはりない、人気の作家さんの話題のエッセイなのですべて貸し出し中なのでは或いは取り扱いが無いのかもしれないという危惧が芽生えます。蔵書検索ツールで調べてみると在庫がある様でほっと一息、それでは何処に陳列されているのでしょうか?とても気になります。ツールの画面を印刷し指定の陳列棚を探します、だんだん番号が近づいてきたのですが周りは写真付きのレシピ本をはじめとした料理にまつわる本ばかりで、私が目論んでいたコーナーとは毛色がだいぶ違います。遂にお目当ての本を見つけました、陳列されていたのはなんと料理本コーナーの「料理文学」というコーナー。料理文学とは初耳ですし、何より文芸コーナーではなく料理本コーナーが正解だったと思い付きませんでした。
図書館や書店の本の並びはいつも新しい発見を与えてくれるなとしみじみ思います。
Filed under: 小説とわたしと日常
検討もつかなかったカテゴライズと陳列 はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2016年10月8日
ファッション雑誌で“眼鏡がつくる世界”と銘打たれ特集を読んだのですが、一風変わった魅せ方をしていて面白いなと思いました。モデルさんが主役であるクラシカルでオシャレな眼鏡をかけ、テラスやベッドの上で本を読んでいます。アンニュイな雰囲気のロートーンの写真は眼鏡と本を強調して撮られていて、隅には小説の一説が書き出されています。誰もが知っている文豪の有名な小説から引用されているのですが、書き出される一説は何の変哲もない情景描写、有名な小説でも誰も覚えていない様な文章をあえて選出しているのでしょうか。この眼鏡をかけなければ見えなかった、見逃していた世界が浮かび上がりるメタファーになっているのでしょうか。この特集をカメラ好きの友人に紹介したところ、友人は写真に施された加工や撮影テクニックに感銘を受けた様で、「眼鏡の丸みを強調する、アングルと光加減ね、本の紙から黄色が跳ね返るのよ」なんて熱く語っています。読書好きの私はこの特集を読書の視点に立ち、カメラ好きの友人は写真に、それぞれ見るポイントは違いますが“眼鏡で可視化された隠された世界、これをうまく表現している点を評価するべき”という意見は同じです。様々な視点から鑑賞でき、かつテーマの伝達力が秘められているとは、これは雑誌の特集を超えて一つの芸術作品だなと思いました。
Filed under: 思いついたこと
様々な視点から鑑賞してみても はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2016年9月24日
友人とは周辺地域のカフェやショッピングスポットは行き尽してしまい、会う度に近場で面白い場所ないかななんて話していました。そんな時に友人が私の行きつけの図書館に行ってみたいと言いだし、私も友人の行きつけには長年行っていなかったのでお互い行きつけを案内し合おうという事になりました。
当日は最初に私の行きつけ図書館前に向かいました。入館し別行動で一周りし終えると友人はしめしめと笑っています。私が最近よく話す欧州の料理のネタは、特設コーナーとして「世界の料理本を集めました」の中にある本から採取してきたんだろうと、意図しない形で蘊蓄の知識源がさっそくバレてしまいました。その後友人の行きつけを訪れ、彼女が好きな民俗学コーナーに行くと、なるほど、思考の変遷や傾向の原点はここにあったのかと納得。友人が気に入っている民俗学者の本が多く陳列されていて、先ほど自分がかけられたばかりの、しめしめ的な笑いが込み上げてきました。「やっぱりここに居たかぁ」と言わんばかりの恥ずかしそうな顔で友人が私の肩を叩きました。行きつけの図書館を案内するという事は、頭の中をのぞき見されている様な気がして少々恥ずかしいものです。しかし本の陳列されている本の選別基準や、例えば哲学コーナーと社会学コーナーが離れているか否かとか、そういう細かい箇所から自分の行きつけとの差異を見出していくのは楽しい作業です。お互い紹介し合うのは恥ずかしいですから、こそっりと忍び込むくらいでいいのかもしれません。
Filed under: 小説とわたしと日常
行きつけの図書館を紹介し合う はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2016年9月9日
晴れやかな空の下公園のベンチに座って読書もいいし、風が強い日は窓の軋みを横目にひっそりと読書をするのもいい。どんな天気であれ、本に集中できたら勝ちで、読み進めていく内にそんなこだわりなんてすっかり忘れてしまうものです。しかし私は雨の日の読書はスイッチが入るのに時間がかかります。雨の日は湿気が多いため、乾物である本や読書の際に嗜む茶葉やコーヒー豆を湿っぽさせてしまう脅威を秘めています。だから特に紙の繊維が緩くなっている年代物の書物や紙の薄い雑誌は、まず本棚から降ろして手にとった時に張りの無さを感じる程ですし、ページをめくるといよいよそれがよく分かります。シャンとしないでふにゃらと、親指と人差し指でページをめくる時、特に紙の柔らかさを実感するのです。茶葉やコーヒー豆も、湿気により香りが漏れ出していたり、いつもと違い慣れない風味になったりします。ハリのない周りのみんなに誘われて、もれなく私もぼやっとしてしまう雨の日。湿気でまとまらない髪の毛、頭の周りを覆うもやもやの蜃気楼、ぼんやりとした頭で文字を追っても暖簾の腕押し状態。神経がピンと起き上がるまで以前観た事のある映画や画集をぼーっと見つめて待つ、コンディションが整ってきたら読書やお茶淹れをすると、これが私なりの雨の日の始め方です。
Filed under: 小説とわたしと日常, 思いついたこと
私なりの雨の日の始め方 はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2016年8月26日
昔、私の実家には変な習慣がありました。父がトイレで読書をする癖があり、そのせいでトイレットペーパーなど保管しておく棚の上には常に父用の本が何かしら置いてあったのですが、それを真似した母や兄弟も父に続き本を並べ、遂にまだ小学三年生くらいだった私まで自分の本を置いておくのは格好いい事なのだろうと思い込みお気に入りの本を並べたのです。
それから誰かがブックエンドを持ち込みいよいよ本格的に本棚らしくなりました。並んだ背表紙を眺めてこの本は誰のかなとか、へぇこんな本を読んでいるのかなんてワクワクしながら用を足した記憶があります。私の本はヤングアダルト小説だったり漫画ばかりで、他の家族からみればすぐに私のものだと分かっていたはずです。マメな性格の父の本には大抵しおりが挟まっていたり、母が一回トイレで大好きな恋愛小説に没頭するとなかなか出てこなくなったり、それぞれの読書スタイルが垣間見れて、あれはとても新鮮で面白い習慣だったな今さらながら思います。家族の中で取り立ててトイレ図書館について話をする事はなかったのですが「朝のトイレが込み合う時間帯は本は禁止にしよう」と、夕食時に突然父が言った事はよく覚えています、読書好きの父の事は他の家族の本まで気になってしまい遅刻しかけた洋で自戒の意を込めていたと、後に母から聞いて二人して笑った事を思い出しました。
Filed under: 小説とわたしと日常
昔私の家のトイレはには本棚がありました はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2016年8月11日
学生時代の友人から手書きの手紙をもらいました。いつもはSNS上でデジタルなやりとりをしているので、友人のアナログ手書き文章を見た時は、こんな字を書く人だったけと可笑しささえ感じました。SNSでは絵文字や顔文字など感情を表す記号を簡単に使う事ができますが、自身のペンをもってそれらを描く(又は文章で書き表す)となると手こずってしまうものです。デジタルな文書作成が普及していなかった時代は全ての書物を手書きで書き留めていた訳で、作家さんなんてあの文量の文字を全て直筆していたのですから頭が上がりません。
以前文豪の直筆原稿を目にする機会があったのですが、淡々と文字を綴っている原稿もあれば、まるで印象派の絵画の様に文字か何か分からない線がうねり狂う原稿もあったり、文章を書くと言う事は大変なんだな…と改めて痛感させられました。デジタル文書作成におてはどんなに自身の感情が荒れていても表出される文字は常に均一に整っていますから、それは味気ないとも便利だとも言えます。私は、デジタル入力は荒れ狂っている感情を是正する安定装置だと捉える事にしていますが。
友人からの手紙を手書きで返そうと思ったのですが、デジタル文書作成慣れしている私には難儀な事が多いものでした。バックスペースが使えない事や漢字変換がない事に躓き、なかなか書き進められません。こうなったら最終手段と言う事でPCを開き、友人への手紙をPC上で作成してそれを書き写す事にしたんです。そうしたら一文にだって何十分もかかり何枚も紙を無駄にしていた私が、いつも通りにすんなりと手紙を書き上げる事ができました。なんだか小癪な手段に思えますが、今の私にとってはこれがベストな文章作成手段です。
Filed under: 思いついたこと
PC入力時代の産物 はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2016年7月27日
一年前にできた古本屋さん、以前に行った時は黒縁眼鏡の似合う女性店主が一人でお店に立っていました。雑多な古本屋というよりはセレクト古本ショップと呼ぶのが相応しい、拘りのある品揃えで、絵本や西欧の挿絵集・昭和初期頃の漫画など絵画色の濃い本が並んでいました。広すぎない店内に点々と置いてあるサボテン、温かみ漂う木の本棚とオレンジ色の照明で、ほっこりとした力み過ぎない雰囲気に憧れを抱いた記憶があります。
そんな古本屋さんへ久しぶりに行ってみる事にしました。ドアベルの音とともに入店したらハンドタオルで涙を拭う女子高校生と目が合い、びっくり。思いもしない事態に戸惑いましたが、すぐに以前の女性店主から「どうぞ、いらっしゃいませ」と、ゆっくり朗らかに挨拶をもらいました。「どうしたんですか?」なんて野次馬で好奇心の赴くままになりがちな自分を抑えて、何事もなかったかの様に店の奥に入っていきました。「ほんと、ありがとうございました。また来ます!」と鼻をすする女子高生、「うん、何時でも来てね、今日は気を付けて帰るんだよ?」と店主。また鳴り響いたドアベルの音の後ろで、二人は最後に何やら話をして女子高生は店を出ていきました。
途端に静まり返った店内、私と店主の二人だけになりました。以前来た時のほっこりとした印象よりかは、心なしか爽やかな空気を感じるのは気のせいでしょうか。女子高生の涙の理由は、本が“少女の詩”でセレクトされている事などと関係があるのかななんて、気になる事がたくさんできました。店を出る時「お気をつけて」と声をかけてくれた店主、彼女の優しい声に背中を押されたくなる女子高生の気持ちが、少し分かった気がします。
Filed under: 小説とわたしと日常
背中を押してくれる本屋さん はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2016年7月12日
そろそろ新しい本棚に換えようかなと思い始めてはや三か月。今使っている本棚は父が学生の頃に購入したものらしく、私が生れるずっと前から家族の一員として君臨していた大先輩です。最初は父の本ばかりが並んでいましたが、父が新しい本棚を購入して私がこれを譲り受けてから何十年も、絵本漫画小説辞書雑誌やら何から何まで、私の本達を守り続けてくれたのです。もちろん私だけでなく家族みんなにとって思い入れのある本棚でもあります。若干の白身を帯びた優しい木色、幾重にも弧を描く木目には所々傷が付いていますがそれはご愛敬。中身の本や置かれる場所はしょっちゅう替わっているのですが、本棚だけはもう何十年もこれを使い続けていました。材質はおそらくタモの木でしょう、天板には歪みがなくとても丈夫です。
買い替えにあたってインテリア雑誌やインターネットなどで様々な本棚を見比べていますが、なかなかこれと言った本棚に巡り合えません。どんな本棚を迎え入れようかという事よりも、この旧い本棚をどうしようかという事に頭を抱えてしまいます。倉庫に入れておく、中古家具店に買い取ってもらうはたまた処分するなど考えましたが、思い入れの強い本棚だけに無下に扱うのは胸が痛みます。では買い換えなければいいのでは?スペースが足りないのならば新しい本棚を買い足せばいいのではと、もう一人の自分。至極全うその通り、そうして結局買い換え熱はふっと消えていくパターンがもう何年も続いているのです。こうして本棚は、すべての家具家電の中で最古の伝説を刻んでいくのでした。
Filed under: 小説とわたしと日常
本棚を買い換えようか迷いますが… はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2016年6月27日
最近とてもお気に入りのカフェを見つけました。珈琲や紅茶はもちろん、スイーツがとても美味しいんです、手作りの日替わりシフォンケーキやスコーンは毎日食べても飽きない、素朴だけど味わい深い絶品なんです。そう、毎日食べても飽きないんです。と言う事で読書をしに行くという名目で、毎日カフェに通いスイーツを食べていたらあっという間に体重が増えてきてしまいました。
ダイエットをしなければとは思うのですが、運動は苦手ですし我慢の多い生活は嫌なんです。そんな我儘づくしの私にぴったりのダイエットを見つけました。その名も図書館ダイエット、カフェではなく図書館に読書をしに行くだけのダイエットです。カフェでは読書に飽きてくるころに「美味しいものが食べたくなってきたな」なんてぼんやりと思い始めて、お恥ずかしながら、いつの間にか本ではなくてメニュー表を見ている自分がいます。一方で図書館は食べ物の匂いや気配がありませんし、大好きな本がいっぱいあるので、一冊の本に飽きても他の本を読んだりしてひたすら読書に集中する事ができます。さっそく図書館に行ってじっくり読書をしてきました。気づけばあっという間に時間が経っていましたから、作戦成功なんてほくそ笑み、これを続ければダイエットにもなるし読書も捗り一石二鳥だと意気揚々と歩いていると、覚えのある良い匂いが鼻につきました。その匂いの正体は、お気に入りのカフェから漂うバターとお砂糖の甘く芳ばしい匂いでした。人間の身心とは不可思議なもので、匂いを感知した瞬間に空腹を感じ、お腹がぎゅるぎゅる鳴り始めたのです。カフェは目前にあります、この芳香な匂いと空腹感を前にして我慢する事なんてできっこありません。こうなったらダイエットは明日からにしよう、いや、明日は違う道で帰る事にします。
Filed under: 小説とわたしと日常
図書館ダイエットを決行してみたけれど はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2016年6月12日
わざわざ少し離れた純喫茶に来ました、いつも行くカフェとは違う重厚な空間を求めて。薄暗い照明に妖しく照らされたネイビーのベロア素材のソファ、低いガラスのテーブルに氷山の様なガラスの灰皿が鎮座しています。一見すると、老舗の~とか知る人ぞ知る~と言う雰囲気なのですが、ちょび髭の店主は気さくな店主が迎えてくれる素敵な店です。この独特の雰囲気で読みたいミステリー小説があるのです、だから何時もより長い距離を歩いてカフェまで来ました。
熱めのアッサムティを頼みます。一息ついて、本を開きさてと一文を読み始めると大きな違和感を感じ、それが確信に変わった瞬間、光の速さで本を閉じました。予想もしない事態に柄にもなく赤面が抑えられませんでした。驚きのあまりモノクロに反転する目をこすってカバーを確認、えぇ、カバーは持ち出した時と変わらないミステリーですけれど。なんと、中身は、センセーショナルな性愛小説なのです。何度確認してもやはりミステリーではない、「っ」から始まる吐息めいたセリフやら嫌でも目につく隠語が、ぱらぱらとめくっただけでも目について困ります。どうしようもなく、恥ずかしくなってきてしまいました。ソファに深く座り、肩をすぼめてこっそりと本の中身を確認して赤面していた私は、さながら中学生男子。せっかくこの雰囲気の中でお気に入り作家のミステリーを店熟読しようと思ったのに。全く誰が本の中身を差し替えたんだよって、それは私なのです。性愛小説をいつも行く女の子だらけのお洒落なカフェで公然と読む勇気がなく、表紙を差し替えて読んでいたのです。その時に差し替えたまま、戻さずにいて今このザマであります。
読書は諦めようと肩を落としていると、店主がキルト生地のティーコージーを被せたティポッドをテーブルに置きました。「その本いいですよねぇ」と落ち着いた声で言うのです。
「その本ってどの本ですか?」なんて頓珍漢な事を聞き返しそうになりましたが、そこは焦らず意味ありげに微笑んで軽く会釈しました。むしろこの大人の空間だからこそ、堂々と読むべきではないか?挑戦的な事を言ってくるドジっ子な自分と赤面する中学生男子な自分、どうしたらいいのか分からず漂う茶葉の香りに酩酊する自分を内包して薄暗い照明に飲まれた午後でした。
Filed under: 小説とわたしと日常
カバーと中身が違うなんてとんだ辱め はコメントを受け付けていません