Posted by admin on 2014年12月27日
ついついあらすじを喋るつもりが熱くなって、聞き手を引かせてしまう事が往々にしてあります。さわりだけのつもりが、ここに感動した!という強い主張が混じってきて、登場人物の葛藤を自分ながらに解釈して熱弁をふるい、最終的には泣きが入るのです。お酒の席では特にやってしまいます。
友人の間で私に「それどんな内容だったの?」と聞く事は禁句になっているそうです。そんな訳で、最近とても消化不良を起こしています。読書会なるものに参加しようとも思うのですが、いまいち勇気が出ませんし、不安もあります。自分が知らない、読んだことの無い小説を他者がたくさん読んで知っているという事実に直面すると平静ではいられないのです。無駄に高いプライドが邪魔をします。他にも、感想の相違で大喧嘩が勃発しないか、だとか、派閥があるのではないかというような事を考えては、参加する前から彼是といった事を引っ張り出して踏み切れない事って結構あるのです。
仕方がないので、取り敢えず母親に聞いてもらうことにしています。私の話はだいたい右耳から入って左耳から出ていくそうなので、適当に相槌を打ちつつ聞いてくれます。いつか、素晴らしいパートナーと出会い、思う存分、吐き出せる日を目指して生きていこうと思っています。
Filed under: 小説とわたしと日常
小説を語れる話し相手がほしい はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2014年12月13日
読書をすると、時間を忘れてしまいます。平日の読書は特にもどかしいです。朝読むと、夢中になりすぎて会社に遅刻しそうになり、昼の休憩が終わって周囲は皆仕事に取り組んでいるのに、一人だけ気付かず本を読んでいたり、夜読めば止まらなくなり夜更かししてしまう。一体どうすればいいのでしょう!そこで提案します。アラームをセットする事を。そうすれば、時間を気にせずに本が楽しめます。注意しなくてはならない事は、アラームの電池の残量とアラームの音に気付くようにしなければならない事です。夢中になりすぎると、音が耳に入らない事がありますから、絶対に気がつく音楽や効果音のものにしましょう。では絶対に気がつく音とはなんなのかですが、そんなモノは経験上ありません。私が実際体験した経験から、絶対に気がつくアラームが二つあるので、そちらをご紹介します。まずは「クロッキー」というアラーム。こちらは、部屋を走り回ります。地べたで本を読んでいると身体に当たりますので、気付く可能性がぐっとあがります。もうひとつが、ウォーター・スプレー・アラームです。こちらは水を飛ばしてくれるので、手元の本が濡れて気付かせてくれます。涙と勘違いしないように気を付けなければいけませんが、大体気がつきます。時間に追われる読書人には強力な目覚し時計が効果的です。
Filed under: 思いついたこと
時間に追われる読書人のためのアイテム はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2014年11月27日
この世には奇妙な本というのが存在します。まずは、三大奇書である『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』『虚無への供物』ドグラ・マグラは有名ですから、読んだ事がある人も多いのではないでしょうか?最近ですと、翻訳本ではバリー・ユアグローやニコルソン・ベイカー作の本は「変だなァ」と思いました。日本人作家でも翻訳家の岸本佐知子さんのエッセイはとても奇妙でした。この小説独特の奇妙な世界観というのは、文章でしか味わえない感覚だと思います。映像にすると、この奇妙感が少し薄れてしまうように思えるのです。思い返せば、記憶に強く残る小説というのは後味があまりよくないものが多い気がします。大団円で終わった物語は面白いですし、後味も良く、満足できるものなのですが、そこで物語が上手く終わってしまっているために、思い返しても印象が薄いのです。それに対して、なんだか割り切れない気持ちで終わった小説というのは、あとあと、「あれはもしかして、こういうことか」といった想像が楽しめるのです。後にひく小説というのもまた味がありいいものです。明るく楽しい物語もいいですが、たまにはちょっとダークなものや奇妙な小説に触れてみてはいかがでしょうか?
Filed under: 小説とわたしと日常
一風変わった小説を読んでみる はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2014年11月23日
最近、本屋の敷地内にカフェがあって、そのカフェで未購入の本を読める。というサービスのある本屋さんが増えてきています。私はこのサービスを心の底から奨励しているのです。実に素晴らしいシステムではないでしょうか。考案した人を褒め称えたいとちょっと偉そうですが思っています。私の身近の(もちろん私も含めて)本好きは大体最初の3ページを読んで購入するかしないかを決めます。好きな作家さんの新刊が出たら問答無用で購入しますが、未開拓の作家さんの本はまず、表紙、それから題名、そして裏のあらすじを読みます。この時点で面白そうだな、と心を動かされればパラパラと3ページぐらい立ち読みをします。ですが、この3ページがけっこう曲者で、狭い本屋さんだと他のお客さんの邪魔になりますし、鞄が重いと肩が凝るんです。そしてなにより落ち着かないですね。だからこそ、座って読めるこの本屋敷地内カフェという空間はとても素晴らしいです。
まず、カフェで飲み物を注文します。そして、吟味中の本を手に、座り心地の良い椅子に座ります。程好い音楽が流れていて、しかも、コーヒーや紅茶が楽しめるのです。未購入の本をパラパラと読み、よし、この世界を家に持ち帰ろう。と決めて、本屋のレジに持っていく。オシャレで洗練された流れではないでしょうか。
また、本を読まずとも、カフェで飲み物を飲みながら沢山の本棚を眺めるのも乙なものですね。本好きは本を眺める事が本能的に好きだと私は考えています。美しい配列、色とりどりの表紙、まだ見ぬ無限の世界を前にして溜息を吐いてしまいます。私は、死ぬまでにあと何冊の本が読めるのだろう。どれぐらいの素晴らしい作家に、素晴らしい内容の本に出会えるのだろうか。と物思いに耽る事があります。本好きはセンチメンタルで情緒的です。きっと、頷く人も多いはずです。
本を読まない人も、ちょっとした何らかの事情でこのカフェに立ち寄るとします。周囲はみんな本を読んでいて、なんとなく、私も読もうかな。と思い立ち、選んできて読んでみます。ページを開いて、眼で文字を辿り「あ、面白い」と感じます。カフェというオシャレ空間で、本を読んでいる私。という状況もなんともいいものです。相乗効果で、本が好きになる。とても良い循環です。
ぜひ、スペースに余裕のある本屋さんにはこのちょい読みができるカフェスペースを併設してもらいたいところです。本の未来のためにもなると思います。本好きの願いです。
Filed under: 小説とわたしと日常
本屋とカフェの絶妙な組み合わせ はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2014年11月13日
本を読むと不思議な出来事が起こります。例えば舞台が長野県の本を読んだ時のことです。長野の信州松本の病院を舞台にした本を読み、ああ、行きたいなぁ、と強く思います。猛烈に長野の松本に行きたくなります。すると、数ヶ月後、なんの偶然か突然、松本に旅行に行けたりするんです。自分で企画したわけじゃありません。どこからともなくお誘いが舞い込んでくるのです。この現象は度々起こります。幕末の長州藩(山口県)の小説を読むとします。主人公は、現萩市に住む有名な人物です。主人公の活躍した地に触れてみたい、どうしても行きたい。と強く思います。するとやっぱり、数ヶ月後、萩に行けることになるのです。不思議です。確かに、読んでその舞台に行きたい欲求ががぐんぐん高まって、ネットで調べたり、本屋で旅行誌を買ったり、周囲に言いまくったりします。しかし、「行こう」と声をかけてくれるのは、一度もその話をしたことがない友達だったりするのです。
周りの本好きにも聞いてみました。すると、物語に惹かれ、どうしてもその舞台に行きたくなると、やっぱり私と同様に何故かはわかりませんが、お誘いが舞い込む事があるようです。あると答えた人の、なんて多いことか!これは何なのでしょう。心理学か何かでもしかしたら現象名があるのかもしれません。だけど、私はこれを敢えて「本の力」だと思うことにしています。
いざ旅行なりで現地に赴き、舞台に立ってみます。そこはもちろん初めて来た地で、新鮮です。しかし、物語で一度味わっている地でもあるのです。新鮮の他にちょっと懐かしいような気もします。好きな登場人物が歩いたと思われる道に立ったときのあのじんわりする感覚は「本の不思議」を思い起こさせます。
本には不思議な力があります。私は今日もそれを強く感じているのです。
Filed under: 小説とわたしと日常
本の不思議 はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2014年10月27日
長く愛用している国語辞典を手に取ったら、ついに表紙がはがれてしまいました。もともと取れかけてはいたのですが、これはショックです。もう二十年近く使っていたでしょうか。それだけ古いと時々載っていない言葉もあり、それはインターネットで調べていました。基本的な言葉と言いますか、本に載っていて意味のわからない程度のものは載っていましたからね、買い替えの必要はないと思っていたんです。でも表紙が取れてしまうと、扱いに厄介です。なにせ辞書の紙というのは薄いですから、辞書を持つだけでもくにゃりと曲がってしまうんですよ。補修をして使うべきか、買い替えるべきか。悩みどころです。しかしそんなことを言っていたら、知り合いの子供に「今は電子辞書でしょ」とあっさり言われてしまいました。私が学生の頃は、学校お勧めの辞書がありましたが、今は学校お勧めの電子辞書があるらしいです。確かにあの小さな機械の中に様々な辞書が詰まっていますし、便利だとは思います。国語辞典、漢和辞典、英和辞典に和英辞典。授業の度に学校に持って行くのは、かなり大変でした。でも電子辞書なら、ポケットにぽいっと入れればすんでしまいます。「電子辞書にしなよ」と誘惑されながら、どうしたものかと悩んでいます。
Filed under: 思いついたこと
時代は電子辞書 はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2014年10月14日
先日、近所の家に綺麗な花が咲いていました。ふと花の名前が知りたくなったのですが、我が家には草花の事典がありません。子供の頃はとってきた花と事典の写真を見比べながら、名前を調べたものでした。でも今は、それができないのです。結局、インターネットで調べたのですが、普段は便利だと思うネットが、とても味気なく感じましたね。だって『○月 花』とか検索すれば、案外簡単に見つかってしまうんです。子供時代のように、この花は違うかな、でも似ているなと頭を悩ませながら、ページをめくらなくてもいいんですよ。これは国語辞典にも言えますね。今は電子辞書を使う子が多いから、文字を入力するだけです。「あかさたな」と五十音を言いながら、カタカナのわかりにくい言葉を調べることがなくなったんです。だらだらと事典を眺めることもないんでしょうね。寂しいです。私は高校時代から同じ辞書を使っています。表紙はボロボロに破れていて、ページは折れ曲がっているけれど、ところどころに書きこみもあるけれど、これじゃないと物足りないんです。暇があると眺めては、たくさんある知らない言葉の項目を読んでいます。便利ではないものだからこそ、愛着が湧いてしまっているのかなと思っています。
Filed under: 小説とわたしと日常
古きよき愛着ある相棒 はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2014年9月26日
先日書店に行った際に、購入を諦めた本がありました。上下巻の二冊組、既知の作家さんの本ですごく気になったのですが、テーマ的に読まないかもしれないと思って、買うのをやめたんです。しかし以降数日気になって仕方無く……結局その本を買いました。売り切れてなくて良かったです。それにしても、数日間も気になってしかたがなかった本なんて久しぶりです。今までに読んだことのないジャンルに挑戦しなさいと、本の神様が言っているんですね。そしてそのときに別の本も欲しいと思ったのですが……お財布との会議に負けてやめました。それもまたずっと欲しいと思うのでしょうか。でも残念ながら、題名も作者も忘れてしまったんですよね。普段なら持ち歩いているメモを、その日に限っては持っていなかったので、覚えようとしたですが……。携帯とメモを持ち歩くようになってから、記憶力が悪くなった気がします。すぐに書きとめるツールがあるからなのか、単なる年齢の問題なのか。あまり真剣には考えたくない問題です。ただ本屋のどのあたりにあったかということと、あらすじは覚えているので、近日中に買いに行けば巡り合えるかもしれません。また何とかして時間を捻出しないといけませんね。
Filed under: 小説とわたしと日常
数日間の熟考の末に はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2014年9月12日
本屋大賞という文学賞があって、毎年受賞作が発表されています。受賞作品が決定すると、各局のニュース番組やワイドショー番組などで取り上げるので、必ず毎年確認しています。この文学賞は割と新しくて、2004年からスタートしているようです。一般的な文学賞は審査員が作家さんですが、本屋大賞は全国の書店員さんの投票によって決められているという、珍しい文学賞なんですね。
書店員さんというと、小説愛好家の方が多そうですし、小説を読む目が肥えているイメージがありますね。でも、プロの作家や出版関係者ではなく、ほとんど私たちと同じ一般の素人の代表のようでもあり、何となく親しみが持ちやすい文学賞です。
今年本屋大賞を受賞した、「村上海賊の娘」の和田竜さんという作家さんの、受賞を受けてテレビのインタビューを見ました。創作法などを聞かれた時に、興味深い事を仰られていました。和田竜さんは以前、脚本家志望で脚本の勉強をしたり脚本コンクールに応募していた時期があったそうです。そのため、小説にする前に一度シナリオに起こすとのことでした。大変そうに見えるのですが、ご本人はその創作の仕方がやり易いそうで、作家さんによって、創作法は様々なのだと感じました。
Filed under: 小説とわたしと日常
毎年チェックしておきたい本屋大賞 はコメントを受け付けていません
Posted by admin on 2014年8月29日
小学生の学習に新聞を活用しようという試みがあります。小さなうちから社会の色々なことに興味を持たせようというのが、目的のようです。そんな試みが、某小学校で行われています。子供の学習のためには親も巻き込まねばということで、その学校では保護者が新聞記事の中から「ぜひ子供に読ませたい」という記事を選び、それをスクラップして壁に張り出しているのだそうです。保護者はもちろんボランティア。親御さんは大変だなあと思いましたが、確かに小学生など小さな子相手には、親が先んじてやらなければいけないこともありますよね。子供は親の真似をして大きくなるものです。それはいいことも悪いことも同じですから、親が新聞を熱心に読み、あるいは子供とそれについて話すのならば、子供はいつか新聞を読む行為が当たり前になるはずなのです。今は子供向けの新聞もありますし、しかも小学生向け、中学生向け、高校生向けと細かく分かれていたりもしますから、そういうものから入るのもいいと思います。何事も興味を持てるか否かなのです。大人も子供も、好きなことなら続きますからね。ちなみに私は子供新聞を読んでいます。これで導入、大人の新聞で学習しているのです。
Filed under: 思いついたこと
親子で新聞学習 はコメントを受け付けていません